リオイリ小話その2 あやしいばーじょん

リオイリ小話その2のご感想で「リオンさんイリスちゃんを押し倒せ!(だいぶ語弊)」といったコメントをいただいた(かつ私自身が見たいと思った)ので別バージョン書きました。R15くらいに抵触しそうなので読むときはお気をつけて。なんかリオイリっていうカップリングの本質みたいなところが出ている気がしなくもない。人間×人外ゆえのすれ違いは絶対あっただろうしね……。本編でやりたいくらいだなこれ。

その2と途中までは展開が同じなので省略してあります。省略部分が気になる方はその2をお読みください。


「研究に協力する以外で俺のために君が何かする必要はないからな?」

「いや、私は君に随分と世話になっているだろう? だから私にできることなら何だってしたいんだ。君になら何をしてもされても構わない。遠慮なく好きなだけ私に命令してくれ。」

 耳を疑った。いや、いつもの彼女といえばいつもの彼女なのだが。

「何ていうか、気持ちはめちゃくちゃ有難いんだけど……そういうことあんま言わない方がいいと思う。」

「何故だ?」

「誤解されかねないから……。」

「誤解?」

「だから、その、もっと自分を大事にしてくれっていう話だ。」

「心配するな。私は人間よりも丈夫だ。多少無理をしても何ともない。」

「……。」

 そうじゃない。彼は頭を抱えたくなるのをこらえて彼女を見つめた。金色の瞳はどこか自信ありげに輝いている。いつもだったら無邪気で可愛いと思うところだが、今夜の余裕のない彼にとってはそれが少しだけ煽りのようにも映った。

「──あのなぁ、」

 彼は一歩前に足を出す。普段見せない彼の剣幕に驚いたのか、彼女は同じく一歩後ずさる。それを何度か繰り返して、彼女の足が背の低いテーブルにぶつかる。体勢を崩した彼女はそのまま床に倒れた。桃銀色の髪がふわりと床に広がる。慌てて起き上がろうとする彼女に彼は覆い被さった。腕を掴んで床に縫い留め、逃げられないようにする。彼女は突然のことに戸惑うような不安げな目で彼を見上げた。そんな彼女を見下ろす目は、いつもの穏やかな光をたたえる紫色ではない。どこか冷たくて、ともすれば残忍さをも感じさせるような目。かといって何も見ていないわけではなく、射貫くような鋭さで彼女を見つめている。そこに微かな熱っぽさがあることに彼女は気づいた。それが何を意味するかまでは分からずとも。

「……リオン?」

「君は俺のこと、何だと思ってんだ。」

「何って……信頼できる人間だ。」

「……はっ、結局“人間”か。」

「?」

 俯いて何か言ったことを彼女は聞き取れなかった。代わりに右手が彼女の頬に触れる。

「君にとって俺はただの生き物かもしれないけどさ、俺にとって君はそうじゃないんだよ。」

「どういう意味だ……?」

「肌見せられたり、抱きつかれたり、『何されてもいい』とかさ、それがどんな意味を持つか君はどうせ分かってないよな。」

「……悪かった。」

「謝らなくていい。」

「だって、その様子じゃ……少なくとも不快に思っているんだろう?」

「あぁ、すげぇ不快だよ。」

 頬にあてていた手を、そのまま首筋に這わせて彼は続けた。僅かに彼女が身じろぎする。

「君を大事にしたいと思っているのに、君がそうさせてくれない。蓋をしたと思っていたのに気づけば君がこじ開けている。どうすりゃいいんだよ。」

「……。」

 明らかに彼女は困惑していた。彼が怒っている理由の一割も理解できていないのだろう。もとより彼も理解してもらえるとは毛頭思っていなかったが。これで理解できるくらいなら、こんなことにはなっていない。

「いっそ一回、滅茶苦茶にさせてくれ。俺を楽にさせてくれよ。」

 彼女の口が動いた。何かを言いかけ、そしてそれは言葉にならずに沈黙が下りる。

「……リオン。」

 ややあって名を呼ばれ、彼女の瞳を見る。相変わらず状況が呑み込めていない様子だったが、何かを決意したような目つきだった。そろそろと手を伸ばし、彼の頬に触れる。

「私は君が何に苦しんでいるか、申し訳ないことに分かっていない。でも私のことで君が苦しむのは本望じゃないんだ。私にできることでそれが消えるなら、君の思うままにすればいい。いや、してくれ。」

「イリス……。」

 自分の中で何かが切れた音を彼は聞いた。頭の中がぐちゃぐちゃになる。思考が幾重に重なる。これまでのこと、これからのこと、何もかもが網をすり抜けるように零れ落ちていくようだった。今、この視界を占める存在──焦がれ続けていた存在が、自分に全てを預けているという状況だけが自分を支配する。眩暈がしそうだった。首筋に顔を埋めると微かな薔薇の香りが鼻腔を満たす。彼女は薔薇の女神の従者なのだな、ということをこんなところでも感じる。自分は人間の分際でそんな恐ろしく貴い存在を暴こうとしている──その事実は普段の彼であればこの行為を止める十分な理由になったことだろう。だが今はそのことすら歪んだ独占欲の器を満たす液に変換されるだけだ。──誰にも渡さない。誰にも見せたくない。彼女が気を許したのは自分だけ。もう彼女は自分のものだ。衝動に駆られてその白い首に舌を這わせ軽く歯を立てると、彼女は僅かに声を漏らした。

 彼女の胸元へ震える手を伸ばしてボタンを一つ外す。覗く素肌は白く、だが傷跡が幾つかはっきりと見えた。腕や脚に残る数多の傷跡からなんとなく予想はできたことだったが、彼女の全身には至るところに傷跡があるのだろう。百年間戦い続ければそうもなろう、と慈しむように胸元の傷跡を指でなぞる。くすぐったいのか彼女は小さく身を捩った。それを逃げようとしたのかと勘違いした彼は彼女の腕を抑える手に力を込めた。痛みからか一瞬だけ彼女が眉をひそめる。だが彼はそれに気づいていなかった。二つ目のボタンに手をかけたところで、彼女が呟いた。

「……なぁ、リオン。」

「何だ。」

 低い声で彼は答える。

「これでいいのか?」

「……?」

 彼女の言葉の真意が分からず虚を突かれた気分になった。思わず手が止まる。彼女はじっとその瞳を見つめて言う。

「君はさっきから苦しそうな顔しかしていないじゃないか。私はまた何か間違えただろうか。もしすべきことがあれば言ってほしい。」

「……。」

──彼女の、言う通りだ。

 改めて彼は自分の下で心細そうにしている彼女を見た。少しだけはだけた服。覗く白い肌。首筋の赤い痕。そしてこちらに真っすぐ向けられている、透き通るような金色の瞳──。

 途端に彼は酔いが醒めるが如く、自分のやらんとしていることを今更ながら自覚した。そして血の気が引いていくとはこのことかと頭の片隅で思いつつ、ばっと彼女から離れると床に手と頭をつける。勢いあまって鈍い音が鳴り痛みが走るがそんなことはどうだってよかった。

「申し訳ありませんでした……!」

「えぇと、リオン……? もういいのか?」

 不審なものを見る目つきで彼女は起き上がる。

「大丈夫です。」

「やはり私に何か不手際でもあったのか?」

「君は何も悪くない。本当にすみません。どうかしてた。好きなだけ俺を殴ったり蹴ったりしてください。なんなら殺してくれ。」

「何を謝ってるんだ。私は何とも思ってないから気にするな。ほら、頭を上げたらどうだ。」

 促され渋々顔を上げると、目の前に彼女がいた。いつもの仏頂面なのがかえって辛い。

「あんな目の君、初めて見たよ。君もまだまだ私の知らない顔をするんだな。」

「もう二度としないよう気を付けます……。」

「なんで。」

「なんでって……君、俺が何をしようとしたか分かってるよな?」

 ぼそぼそと呟くと、彼女はこてんと首を傾げた。

「さぁ。よく分からないけど、この器が気になっていたんだろう?」

「……。」

 無知は時に罪である。彼は安堵のような恐怖のような複雑な感情を抱いた。きっと生涯でこの瞬間しか味わわない感情だろう。彼は何も言えなくなってしまったが、やがて口を開いた。

「……君が信頼している人間の正体はこんなろくでなしの最低野郎だよ。」

「それで?」

「え?」

「君は私にどう思えと言いたいんだ?」

 今度は彼が困ってしまった。

「イリスは俺にあんなことされて、どう思った? いい気分じゃなかっただろ?」

「まぁ、正直に言えばそうかもしれない。……少し、怖かった。でもそれ以上に君が辛そうなのを見ているのが嫌だった。」

「……なんで、」

「え?」

 なんでそんなに、優しくて純粋でいられるんだ。そう言おうとしたが力が抜けて後半は言葉にならなかった。うなだれる彼に、彼女は言葉をかける。

「結局、君は何に苦しんでいるんだ?」

「……人間ってのはな、君が思っているよりも面倒くさい生き物なんだ。君にそんなつもりがなくても全然違う解釈をしたりとか別の含みを見出したりとか、そういうことをやっちまう。一を与えられたら十のあれこれを考えてしまう。」

「……ふむ。」

「それで……君はよく何の気なしに俺にいつもなら服で隠れてる部分の肌を見せたり何でもするって言ったり抱き着いたりしてくるだろ?」

「あぁ。」

「そういう行動ってさ、普通はしないんだよ。そういうことをするってことは、あれだ……何ていうか……誘ってるってとられかねない。」

「誘う? 何に?」

 薄々覚悟はしていたがやはりダメだ。どう言ったものか。しばらく彼は頭を捻って答えた。

「自分と恋人になってください、って言ってるのと同じようなもんなんだよ。俺たちはそんな関係じゃない。君だって不用意にそんなことして変な奴に好かれても嬉しくないだろ? とにかく、そういう行動とか言葉とかは慎んでほしいんだ。俺に限らず、外とかでも。」

「分かった。」

 真剣な眼差しで彼女は頷いた。どれくらい理解してくれたか定かではないが、これで多少なりとも彼女の無自覚的な煽りが減ればいい。そうすれば自分の心の平穏も保たれるはずだ。本能を完全に消せるとは思っていないが、できるなら邪な目で彼女を見たくはなかった。そんなことを思っているとふと彼女の首筋の痕跡が目に入る。自分がいかに浅ましい人間かを突き付けられるようで視線を逸らしてしまう。

「……さっきは本当に悪いことをしてしまって、すみません。」

「いいんだよ、リオン。元はと言えば私が原因を作ってしまったということだろう? だったら悪いのは私じゃないか。」

「……そうだとしても、抑えられなかった俺も俺だし。」

「だったら、えぇと……“おあいこ”? だ。私も君も悪かった。お互いに反省している。これで解決ってことにしよう。」

 そう言って彼女は微笑む。卑怯だ。そんな顔をされたら誰だって絆されてしまう。彼女の前で笑う資格などもうないと思っているのに、思わずつられて笑ってしまった。彼が笑みを浮かべたのを見てか、彼女はほんの少し満足気な顔をして「おやすみ、リオン」と寝室へ戻って行った。

「おやすみ、イリス。」

 そう返した自分の声が夜の空気に溶けるのを感じながら彼は両手をじっと見つめていた。彼女に触れた感触がそこにはまだ残っている。自分の理性はかくも簡単に崩れるということを学んでしまった。要らん知識が増えてしまったと彼は深く溜息をつく。あの時、彼女の唇を奪おうとしなかったのはきっと、理性の最後の抵抗だったのだろう。それをするのは、できることなら互いの気持ちがきちんと通じた後で──そこまで考えてやめた。そんな日が来るのだろうか。自分はともかく、彼女にそんな気持ちが芽生えることがあるのだろうか。先のことは考えても仕方ない。彼は戸棚にしまわれている並んだ二つのカップを見て、なんとなく寂しい気分になった。

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